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片平たてもの通信 第8號 |
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【 片平たてもの物語 《番外編》 】 |
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―旧東北大学金属材料研究所1号館― |
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以前紹介した本多記念館の隣に、東北大学金属材料研究所1号館の建物がある。外壁の褐色のスクラッチタイルと付け柱が、キャンパスに残る古い校舎との血縁を感じさせるとはいえ、四角い大きな量塊は時には威圧的であり、近寄りがたい印象である。 ところで、この場所には、かつてレンガ造りの旧金属材料研究所1号館が建っていたことを覚えておられる方も多いだろう。昭和30年代までは、隣は外壁にレンガタイルを貼った岩石学鉱物学教室と地質学教室が並んで建っており、また弾正横丁をはさんで斜向かいには、戦災に遭いながらも補修して使用されていたレンガづくりの理学部の建物が残っていて、落ち着いた大学らしいたたずまいを保っていたという。 この旧金属材料研究所1号館は、前身の鉄鋼研究所本館として住友家の寄付金により建てられた。構造は磁気の測定をする便宜上、壁に鉄筋を用いずレンガとコンクリートで作られていた。 また様式はルネッサンスの骨格にセセッション(注)の影響を受けた幾何学的な装飾が見られる。 かつて、その建物の中で本多光太郎をはじめ多くの研究者達が、寝食を忘れて研究に励み目覚ましい成果を上げたのである。そうした研究者達の健康に配慮して、本多所長は屋上にささやかな花壇と2人乗りのブランコを置いて、研究の合間に所員達が少しでも日光に当たるよう配慮したという。 また、増築された5階には食堂が設けられ、廉価に簡単な食事が取れた。食後のひと時には本多所長は囲碁を、若手は玉突きを楽しんだという。 こうした歴史ある建物も残念なことに老朽化のため解体されてしまったが、モニュメントとして建物の玄関部分壁面が切り取られて新しい建物の入り口奥に据えられている。ガラス越しであるが当時の所長室のバルコニーを見ることができ、往事の建物をしのぶ手がかりにはなる。 ※(注)セセッション=19世紀末から20世紀初頭にかけてドイツ・オーストリアに興った芸術革新運動で、建築においては幾何学的形態の装飾を特徴とする。最近一部保存の決まった日本工業倶楽部会館(東京・丸の内)などに影響が見られる。
たてもの通信編集部 佐藤智之
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《データ》 旧東北大学金属材料研究所1号館 =(東北帝国大学鉄鋼研究所本館) 大正10年竣工(昭和5年増築) 昭和61年解体、一部外壁保存 設計者 文部省 施 工 不詳 構造 レンガ造 3階建(1階部分は半地下) 後に4階(一部5階)を増築 《参考文献》 「金属材料研究所五十年」 東北大学金属材料研究所 昭和41年 「金研七十五周年記念誌」 同平成3年 「東北大学五十年史」東北大学 昭和35年 |
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