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片平たてもの通信 第3號 |
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片平歴史物語 第一回
【片平地名考】 |
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片平の地名の由来について調べてみたら、次のようにまったく逆の意味をもつ二つの説があることが分かった。 菊地勝之助著『仙台地名考』によると、「大仙台の地域は、古(いにしえ)の宮城郷・国分荘、また宮城野と呼ばれた土地で、山地に近く丘陵あり、森林あり、河川あり、段丘あり、沼沢あり、谷地あり、野原あり、田園あり、そして海洋に臨むというように、地勢上極めて変化に富む地方である。従って片平丁の地名の由来は片側が平らな地形そのままを町名にした」との記述があるらしいとの事だ。 仙台の古地誌『仙台鹿子(かのこ)』は、元禄八年(1695)の著であるが、これにも「片側のみ屋敷ゆえ片平丁という」と、江戸時代から既に「片平」と呼ばれていることが記されている。 これに対して、故三原良吉著の『広瀬川の歴史と伝説』という本には、前者とはまったくの逆のことが書かれている。 片平のヒラは、断崖または斜面地をいう古語で、建築用語に屋根の斜面をヒラと称するのも同じ意味である。岩波書店の『広辞苑』によると、ヒラという言葉の意味は「山中にある相当広い緩斜面である」との事だった。 片平丁の地形が片方が崖や坂のヒラになっているから、片ヒラ丁と呼んだのである。同じような地名として東京の本郷の片町はヒラを略した地名であり、片原町という所もある。中にはカタヒラに織物の帷子(かたびら)などと奇抜な字を当てている所もある。 はたしてどちらの説が正しいのか。先日芋煮会の会場となった片平コミュニティセンターの庭は、広瀬川側は崖になっていた。対岸の霊屋橋から片平丁側をのぞむと十メートル近い崖が切り立って続いているのがはっきりと解る。 その昔、片ヒラに住んでいた人々も、広瀬川によって長い年月を経て削られた自然の切り立った崖を見て暮らしていたと推測される。そしてそこに住む人々が、いつしか誰言うともなく、この一帯を片ヒラと呼ぶようになり、その呼び名が地名としてしっかりと定着してしまったらしい。 後になって、片ヒラの「ヒラ」に「平」の漢字を当てたために、前者の説の片側が平らな市街地ゆえ片平丁と称するのが地名の由来となり、古語のヒラ(崖)の意味とは、まったく逆の説明を生んでしまったのではないだろうか。 |
| 柴 修也 |
《参考文献》 |
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